月刊企業情報雑誌LEADERSの取材

弊社が月刊企業情報雑誌LEADERSで取材を受けました。

弊社代表 × インタビュアー 俳優 志垣太郎

「培われた感性をもって木が活きる空間を創造する」

「自然は全ての営みの源」と語るしめ野社長が立ち上げた「バイオ・ベース」

木の持ち味や長所を活かす建築・空間づくりを手掛ける建設会社であり、その

価値観の発信基地でもある。

本日は、俳優の志垣太郎氏が同社を訪問。

―対談記事一

志垣 まずは社長の歩みからお聞かせ願います。

代表 長崎県壱岐島の生まれで、電気工事業を始めた父と3歳の時に家族で福岡へ引っ越しました。そうして父の後を継ぐべく工業高校の電気科に進学したものの、このまま家業を継げば、二代目のぼんくら息子になりかねないと改めて「金沢工業大学」に進学。妹と弟に家業は継がない。後はよろしくと宣言し(笑)卒業後は石川県で電気設備設計の仕事に就きました。

また、そのうちに建築の仕事がしたくなって工務店で働き始め、現場管理を手掛けることに。

さらに、ものづくりに関わっていく中でこだわりが出できましてね。

何でも自分一人でやってしまいたくなり、30代半ばで山に籠って創作家具を作るようになって20数年暮らしました。

 

志垣 思い立ったらすぐに行動、という感じですね。では、長野県に移られたきっかけは何だったのでしょう。

 

代表 一時東京で働いていた時に知り合った方が、古民家を手掛けてみないか

と声を掛けて下さいまして、それを機に長野県阿智村に移り住み、バイオベースを立ち上げたんです。

阿智村は田舎の中の田舎といった地域ですが、自然が大好きな私にとっては天国のような場所ですよ。

ちなみに、バイオベースという社名は、自然が全ての営みの源である。という思いを込めて付けました。

 

志垣 思わぬきっかけから、御社を設立されたわけですが、お仕事をする上でのこだわりは?

 

代表 私が心から好きだと言えるのは、水と木との触れ合い。

 育てるのも、家具や住宅という形で木の持ち味や長所を活かすのも大好きです。

故に当社では、そんな私の想いを形にしているんですよ。残念ながら、現在の一般的な建築が木を充分に活かせているとは思いません。

都会を中心に人工物に囲まれる生活が当たり前となった今、事業を通して少しでも木の魅力を広めていければと考えています。

私と想いを同じくする同志が、それぞれの地でそれぞれのやり方で家を建てる。

そんな緩やかなネットワークが構築できれば嬉しいですね。

 

志垣 現在、同志の輪は少しずつ広がっている状況で?

 

代表 ええ。木の扱い方が知りたいと、当地に足を運んで下さる建築関係者も多く、仲間や理解者は順調に増えています。

私は阿智村を、木を活かした建築 の発信地としていきたい。

それが、この地に骨を埋める決意をした、私なりの地域貢献です。

積小為大 の精神で、一歩ずつ歩んでいきますよ!